| 獅山は、「姑蘇繁華図」にも 「獅子山の段」のところに描かれています。形はまさに獅山そのままです。その威厳と美しさをたたえた山は、今は遊園 地に変身し、多くの来園者を喜ばせています。山の頂上から下のほうへレールでぶら下がりグライダーが、時折絶叫しつ つ滑ってゆくのを、獅子山は静かに見守っています。 |
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長江路を北に向かって歩いてゆきます。長江路をトラックやバスがひっきりなしに駆け抜け てゆきます。
びゅんびゅんと走り去る音、クラクションの音...かなり の騒音です。道沿いには、昨年に大きなショッピングセンターがオープンしました。道を挟んで向かいは、おしゃれなシ ョッピングセンター。こちらは、まだ家庭菜園の残る民家。そのコントラストがおもしろいです。 |
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何山公園の入り口にやってきました。3元の 入園料を払ってはいります。
竹林の道が奥へと続いています。
道の向こう側からは、遠くが見えます。 |
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| 手前は古い民家、次にわりと新しいマンション、そしてその奥にはクレー ン車。今も次々と新しいマンションが建築中です。スクラップ&ビルド。こちらは解体中。ビルに上からざっくり包丁を 入れたようでおもしろいです。 |
梅林をみつけました。梅の季節にはここに梅を見に来ることにしましょう。ふと気がつくと 竹林は、いつのまにか楠林に変わっていました。
カップル と何組かすれ違いました。どうやらデートコースみたいです。 |
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静かで、鳥のさえずりがあっちからもこっちからも聞こえてきます。
さっきまでの長江路の車の騒々しさも、はるか彼方にこだまのように聞こえるばかりです。
下手には小さな湖が横たわっていて、船も浮かんでいます。
おや、「この先危険」の立看板。3ヶ国語で表示してあるのが、国際都市蘇州らしいです。
なんだかへんてこな日本語なのは、ご愛嬌。 |
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おや、2本の石の柱があって、一本には「 勝利は闘争の結果なり」と刻んであります。
もう一本には、「光栄は労 働の産物なり」とあります。
なんだか一昔前のスローガンのようにも見 えますが...。 |
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その後ろには、石垣で囲んだ プールのようなものがあります。
いったいこれは何のため にあるのでしょうか。謎です。
考古学者がナスカの地上絵 とか、イースター島のモアイの石像とかを発見したときも、こんな不思議な感慨にとらわれたのではないでしょうか。 |
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不思議な感慨を覚えつつ道を歩いてゆくと 、コンチンカンという音と芳しい御香の香りとともに目の前に黄色い壁が現れました。お寺のようです。
「張王祠」とあります。中に入ってみると、すぐに「張士誠」の胸像が迎えてくれました 。
張王というのは、張士誠という人のことのようです。 |
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お寺の境内には線香を燃やす煙と尼さんの読経の幾重にも重なる深い声が静かに満ちています。参拝の 人もたくさんいます。
おばあさんに寄り添っている女の子。はずかしそ うに、ニコニコしています。 |
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おや、こちらは何をされてい るのでしょう。
線香を積み上げています。一人が脚立にの ぼり、下から人が線香の束を渡し、それを受け取って積んで、紐でぎゅっと固めています。
その作業を座って眺めているおばさんに聞いてみました。
「すみません。あの人たちは、何をやっているのですか?」
「今晩は、旧暦の4月18日の香期の前の晩だから、御香を燃やすために積み上げているん ですよ。今晩9時くらいから燃やすんだけどね。」
みんな で力をあわせて、積み上げています。 |
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いったいどんなことがここでされるのでしょうか。
今晩、もう一度ここに来てみることにしましょう。 |
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そして、夜8時。また何山へやって きました。
線香のツリーは、すっかり出来上がって、装飾 電灯が光って、なかなか「酷(Cool!カッコイイ!)です。
大きさではロックフェラーセンター のクリスマスツリーには及ばないでしょうけど、カッコよさでは、全然負けてません。
お寺のお堂の前には、いろいろな食べ物やお酒が盛り付けてあって、豚の頭もあります。
装飾電灯が豚の安らかな顔を彩っています。
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そうこうするうち夜 9時が近づきました。
高い脚立がツリーに横付けされ、装 飾電灯がはずされました。
そして、「 火をつけるぞ。」とのおじいさんの声に、集まっていた人達が線香ツリーの周りに二重に囲んだ赤いろうそくに火をとも し始めます。
赤いろうそくがぐるりと線香ツリーを囲むと 、それまでライトの光でぎんぎんに照らされていた線香ツリーは、ろうそくのやさしい光に囲まれ、すっくとおだやかに 優雅に立っています。
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人 々が火のついた線香を手に手に持って、ツリーの周りに膝をつき始めました。
中国風の詰襟の青い上着を着て、髪飾りをしたおばさんが支えられながら脚立を登りはじめます。
みなは、線香を手にして膝まづき、脚立のおばさんと線香ツリーを見上げています。
誰ともなく線香をもって頭をひれふしたり、上げたりしながらお祈りが はじまりました。
誰もが、声を出さず、ただひたすらに線香を前に掲げ 、頭を下げたり、上げたりしています。何も声が聞こえません。ただ絹ずれの音が、静かにあちこちから響くだけです。
このような異様な静けさを、私は中国に来て初めて 経験したように思います。
人がいれば、そこには周りに遠慮せずにぎや かに話に興じる人々の輪があるというのが普通であったので、私は別世界にいるような感じがして、ここに今起こってい ることが、にわかに信じられないのでした。
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脚立の上のおばさんが赤いろうそくか ら線香ツリーのてっぺんに火をともします。
風が吹いていて、なかなか つきません。
みな黙って、上を見つめています。
ようやくてっぺんに火がともると、合図に合わせて、みなが一斉に線香をかざして数度、頭を 下げます。
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その後、みんなは境内の片隅に行き、黄色い紙を手に手にとると、廟の前 に列をつくりました。一人一人、廟の中の中央に供えてある像の前でひざまずき、頭を下げます。
そして、その黄色い紙を持って、境内のかまどに持って行き燃やすのです。
この黄色い紙は、天のお金で、ご先祖様に届くように燃やしているのだそうです。
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また別の一角では、銀色の紙を船形に折ったものを一枚一枚、火のなかに くべています。
それぞれの家で、この日のためにせっせと折ったものな のだそうです。
人々は拝んだり、火にもやしたり、車座になって語らっ たりしています。明け方にこの線香ツリーが燃え尽きるまで、ここで夜をすごすのでしょう。
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この行事は、60年代頃から途絶えていましたが、90年代になってまた復活 したのだそうです。つい10年ほど前まで、このあたりは、一面水田が広がっていたそうです。
今では、マンションや飲食店や大型商業施設があちこちにでき、様変わりしています。時代が変わっ ても、周辺が変わっても、この伝統行事が受けつがれて行ってほしいなあ...、ふと、そう願わずにはいられませんでした 。またひとつ好きな蘇州のシーンを発見しました。
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【 後記】
張士誠(1321年~1367年)は元末、江蘇省泰州の出身で、塩の販 売を生業としていました。
当時は元末期。統治は乱れ、あちこちで動乱 が発生し、社会が不安定でした。1353年、張士誠は江准(現在の江蘇省、安徽省の准河以南、長江下流域一帯)の塩商人 達を率いて決起し、高郵、揚州と進み、1356年蘇州を平定し、「大周」と定め、自ら王となりました。
張士誠は水利事業を行ったり、身分に関係なく有能な人材を登用するなど、善政に努め、十 年に渡って蘇州一帯に平和と安定をもたらしました。しかし、1367年、後に明の初代皇帝となる朱元璋が蘇州に攻め入り 、張士誠は破れましたが、従うことを潔しとせず、処刑されてしまいました。享年47歳でした。
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